05:外大図書館洋書担当者の日常( 隔月連載 )
外大図書館洋書担当者の日常 (1)
×月×日
端末を叩いていると上司の何某さんが呼ぶ。
「はい、何でしょう。」
「井上さん、今日からハンガリー語やって。」
ハンガリー語の資料が寄贈されたのだ。約600冊の本である。ハンガリーと言われても、私はハーリ・ヤーノシュとトカイのワインしか知らないが。
「いつまでですか?というか、だいたい、私はハンガリー語分かりませんが、できるものでしょうか?」
「新年度の購入図書が動き出すまで。二ヶ月かな。ローマ字だし、大丈夫でしょう。」
何某さんはアラビア文字が分かるのでこういうことを簡単に言う。確かにハンガリー語はローマ字で書かれている。しかし、そのローマ字はどうも見慣れない並び方をしているのである。
Magyarorszag
これは一体何であるか? 頭の中で発音しにくい文字の羅列はなかなか苦痛である。外大なので辞書は豊富にある。調べると意味は「ハンガリー」発音は「マジャロルサーグ」となるらしい。そう言えばマジャル人という言葉は聞いたことがある。だが「マジャロルサーグ」アクセントはどこにあるのだろう?
開架にハンガリー語の入門書を探しに行く。「ハンガリー語四週間」があった。二週間分ぐらいを超特急で読めば、多少は役に立つものだろうか。
こうして、昼はハンガリー語資料の整理作業をし、夜は「四週間」を読み続けるというハンガリー語漬けの二ヶ月が始まった。ちなみに「マジャロルサーグ」のアクセントは「マ」にある。判明したのは三日後のことだった。
私は外大図書館の洋書担当者である。事務室の奥の方で毎日ひっそり、黙々と仕事をしている。
「洋書担当」とはどういうことか。まず、各言語の先生方が買いたいとおっしゃる洋書の書誌データ (当該本を限定できれば簡略データで可) を作る。発注及び受入担当の人たちはその書誌データに基づいて本屋さんから本を買う。本が届くと、図書館の備品として受け入れるための処理がなされ図書番号のバーコードなども貼られて、私の前に並ぶ。これを配架する前に図書館の資料として「使えるように処理」するのが私の仕事。しかも「可及的速やかに」である。
1.この本をパソコンで探す人が、ちゃんとこれを見つけられるように、書誌データを整備する。どこか他所でこの本のデータを見つけられれば (或いは*NII のデータベースにあれば更に良し) 外大の図書館ソフトに貼り付けて成形する。しかし、所謂マイナー言語で書かれた本など、簡単にデータが見つかるとは限らない。
2.書架でこの本が簡単に見つけられるように、つまり、同じような主題の本はできるだけ同じ場所に並ぶように置き場所を決め、請求記号ラベル (背ラベル) を貼る。これはこの本の内容が大雑把にでも分からなければできない作業である。なんとか読める言語はよいのだ。しかし世の中には、私にとってどうにもこうにもなんともしようのない言語というものもまた、確実に存在するのだった。
続く
*NII :National Institute of Informatics http://www.nii.ac.jp/index.shtml
わが国唯一の情報学の学術総合研究所「情報・システム研究機構国立情報学研究所」
※登場人物は架空の存在ですが、この図書館は実在します。
■ HPはこちら http://minoh.library.osaka-u.ac.jp/index.html
学外の方も入館できます。
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http://minoh.library.osaka-u.ac.jp/files/seiri/tool/languages/convert-rev_ed.html
外大図書館洋書担当者の日常 (2)
×月×日
あと2冊でフランス語が終わるから次はスペイン語を片付けようか。などと段取りを考えていると後ろから甘木君の声がした。
「この部分なんですけどね井上さん。ループするとしたらこれが原因ですね。」
甘木君は院生時代に図書館でアルバイトしたことのある人で、現在は非常勤講師。コンピュータに詳しく、皆の入力作業が簡単になるようにと色々なスクリプトを書いてくれた親切な人である。頼むとすぐに機能を追加してくれるのでずっと甘えてきたのであるが、頼むばかりでは申し訳ない、ここは一つ彼に弟子入りして自分で書けるようになろう!と、思い立ったのが運の尽き。親切な甘木君は、実は厳しい先生だった。親切で多忙な彼は、無理やり時間を見つけては私を指導するため図書館に現れる。残ったフランス語もスペイン語も明日までお預け。今日は何時に帰れるか。
甘木君は私の後ろで椅子に座り、私の書きかけのスクリプトを片手に、いよいよ指導開始である。
「赤ペン貸して下さい。スクリプトの画面とモジラを開けておいて下さい。」
弟子の私の緊張はどんどん高まっていく。
「この時点でこれを☆印に変換しているでしょう?これを先にやってしまうと、こいつは配列の最後まで行っても抜けられなくなるんですよ。この前もこういうパターンで引っかかってましたね。ほら、言われたら分かるでしょう?前と同じです。簡単簡単。」 簡単?うーん。そう言われてもピンときませんがー。
大量に朱入れされたスクリプトを見つめながら考える。
「あ。じゃあ、こっちの処理を先にやったらループしなくなるということなのでは?」
「いや。まあそれはそれで正解なんですが、それよりもですね。僕がちょっと思いついたのはですね、この最後の部分を最初に全部やってしまうという手で...」
甘木君の複雑この上ない解説を聞き、クラクラする頭を抱えながら端末に向かう。はて、ここの value には何を入れるんだったか?
「ああやっぱりね。ほら、こう変えた方がスクリプトがすっきりする。すっきりしたほうが間違いがないし改善しやすい。うん絶対このほうがいい。じゃあですね、この部分とこの部分とこの部分も同じように修正してからもう一度流してみて下さい。これで動くと思うんですけどね、もし動かなかったら、またちょっと思いついたことがあるのでそいつを使いましょう。次のコマが授業なんで今日はもう時間がないんですわ。日中は大体いつもかなり忙しいし、あー、夜中ならメールでいけるんですけどね。」
「いや、あの、夜中はちょっと。」
「そうですか?」
「お忙しいのにすみません。ありがとうございました。どうぞ授業に行って下さい。」
「じゃあまた。」
甘木君は本当に忙しい親切な人である。自分にも厳しいが、親切なだけに実は他人にも厳しい。教師向きの人だと思う。しかし、弟子入りしてから私の睡眠時間もめっきり減ってしまった。スクリプトが気になってあまり眠れないし、昼間に質問したメールの返事をくれるのが夜中の3時頃。頭脳明晰なメールで起こされるのはかなり辛いのだ。
ここまで悩んで一体私は何をしたいのかというと、ロシア語やモンゴル語などのキリル文字入力を簡単にしたいと目論んでいるのだった。弟子入りを頼んだ時、私の野望を聞いて甘木師匠はこうおっしゃった。
「井上さん、それは図書館業務の必須アイテムになり得ますよ。使いやすい機能的なヤツを作って是非公開しましょう。社会貢献しなくちゃいけません。」
いや、師匠、私はそこまで大それたことは考えていなかったのだが。それにしても、社会貢献への道は険しいのだった。
続く
※登場人物は架空の存在ですが、この図書館は実在します。
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外大図書館洋書担当者の日常 (3)
×月×日
3階閲覧室の端に「展示コーナー」がある。小さいながら8つの展示ケースを備えており、使い方によってはここは面白い空間となる。これまでに何度か「特別展」として主題を決め貴重書を展示した実績があるが、普段は「地図コーナー」として古地図などを飾ってある。
先日、難鱈さんが展示コーナーのリニュアルを宣言された。難鱈さんは図書館の総務系業務担当である。曰く、新入生が入って来るのにせっかくの展示コーナーがあのような寂れた雰囲気を漂わせていたのでは図書館全体の第一印象を悪くしてしまうではないか云々。仰せの通り。難鱈さんと何樫さんが話し合われた結果、何樫さんが中心となって展示コーナーのレイアウト変更を進めることになった。外大の地図コーナーらしくしつらえ直すのである。
さて、何樫さんは私の上司である。
「貴重図書室からそれらしいものを8点選んできました。解題を作らないことには、どうしたって格好がつかない。」
「洋書ばかりではないですか。こんな古いもの、調べるといってもデータがあるんでしょうか。間に合いますか?」
「今週中に片付けないと。来週から授業始まるし。井上さんもやって。時間ないからこの仕事優先で。」
地図コーナーといっても展示資料は地図ばかりではない。フランス語やらポルトガル語やらドイツ語やらの地誌や旅行記、初期の地図製作や海図に関する資料、フランス徴税区地図、中世キリスト教的世界像まであるのだ。それぞれの資料の種類や出自、歴史的価値、地図の世界における位置付けなどをとにかく調べ、分かるものも分からないものも無理やり解説文(のようなもの)にまとめあげる。「これでは何のことだか分からない」と駄目出しされてはやり直し、ようやく全ての原稿が仕上がった。
ここからは工作の時間である。資料を展示ケースに納める時、先ほど仕上げた原稿を表札のように仕立ててその側に置いてやるのだが、その表札を作らねばならない。図書館にはプラスチック製で少し角度のついた透明の表札ケースがたくさん用意してある。表札面のサイズは縦7 . 5 cm x 横20 cm 。そのサイズに合うようレイアウトしながら、8つの原稿を印刷しては切っていく。表札ケースに差し込んで出来上がり。以前の「特別展」の時は29もの表札を作らねばならなかった。それを思えば今回は楽勝ではないか。
次はいよいよ現場作業である。展示資料、表札、定規、カッターナイフ、雑巾などを台車に積んで3階展示コーナーへ移動。まずざざっと掃除をし、展示ケースに資料を置いてみる。図版ページのカラーコピーを一緒に並べても、かなりゆったり展示できるようだ。表札も配置してみる。資料が傷まないようそっと広げて、厚さ調節の箱を置いたり文鎮を使ったり、展示の順番を変えてみたり戻したり、全体のバランスを見ながら全ての配置の微調整をする。2 mm ずれても傾いて見えてしまったりするので結構神経を使い、疲れてしまった。
難鱈さんがリニューアル作業のチェックに来られた。コーナー全体を見渡して一言。
「あれ?なんだかすごく、ものすごく手抜きの感じに見えるけど。」
言われてみればそのとおり。理由は簡単、展示資料が少ないからである。以前は同じスペースに30点もの資料を並べていたのに今回は10点もないのだから、非常にあっさりしている。
そして何樫さんと難鱈さんは台車と共にまた貴重図書室に向かい、私は追加業務の準備のために1階事務室へと戻ることになったのだった。工作業務は明日も続く。
×月×日
一日の仕事を終えて帰る支度をしていると、何樫さんが寄ってきた。
「洋書の整理の仕事で一番大切なことは何だと思いますか?」
唐突な質問である。
正確な書誌データをとるための目録の知識、適切な配架のための分類の知識、様々な言語に関するある程度の知識、それから...。
「どれも大事ですけどね井上さん、一番大切なのはね」
はい。
「教養ですよ。」
うっ。あるもんですかそんなもの。
洋書との戦いはこれからも続くのであった。 続く
※登場人物は架空の存在ですが、この図書館は実在します。
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■ 2006 年 5 月現在展示中の資料は「 Mapamundi, the Catalan atlas of the year 1375 」「 Account of a voyage of discovery to the west coast of Corea, and the Great Loo-Choo Island 」「 Atlas colonial francais : colonies, protectorats et pays sous mandat 」「 Cosmographei 」などです。
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外大図書館洋書担当者の日常 (4)
×月×日
「おはようございます何樫さん」
「あ、井上さん、FAXきてますよ。ヒンディー」
「げっ!!」
A大図書館の狸田さんからヒンディー語図書の書誌調整のため、FAXが送られてきたのである。曰く 「平素よりお世話になっております。さて当館資料では副標題紙にシリーズ名らしきものが見られますが貴館作成書誌中にシリーズ名の記述がございません。この点以外当館資料との相違がございませんのでご多忙中誠に恐縮ではありますが、念のため貴館資料のご確認をお願いいたしたく云々、、、」
A大の狸田さん、B研の狐山さん、C大の犬原さん、このあたりが私の書誌調整の常連さんである。お会いしたことはないが、皆さんそれぞれ洋書担当者である。洋書担当者の守備範囲は広い。洋書の定義が「和書以外」だからである。ちなみに外大図書館の和書の定義は「日本語図書、中国語図書及びハングル図書」であり、つまりこれ以外のすべてが「洋書」なのである。
■書誌調整とは、NIIに登録されている書誌データに明らかな誤りがある時、あるいはデータが書誌作成ルールに違反している時、そのデータは修正されなければならない。では誰がその修正をするか。大抵はその書誌の作成館である。データの不具合に気づいた発見館から作成館に連絡がくるのだ。
外大図書館が過去のいつかの時点で登録した書誌については、アラビア語であれロシア語、フランス語、タイ語、モンゴル語、ヒンディー語、その他諸々何語であれそれが洋書であるならば、他館からのお問い合わせには現在の洋書担当者が回答しなければならない。簡単に回答できるものもあるが、能力的に回答不能の難問も多い。これが恐怖の書誌調整である。
さてさて、早いとこ狸田さんの書誌調整をやっつけてしまいましょう。書庫で本を探し、まずはじっくり見る。「シリーズ名らしきもの」が副標題紙に?あるある、確かにそれっぽいものが。うちのミスだろうな、これは。仕方ない。データ修正しましょうかね。
データ修正。そう。これがまたなかなか厄介なのだ。
日本語の本の書誌データを日本語(主に漢字ひらがなカタカナ)で入力するのが当然であるように、ヒンディー語の場合はデーヴァナーガリー(上が横棒で繋がったこのような文字)で入力しなければならないからである。
NIIの書誌データにデーヴァナーガリーが使えるようになったのは2006年、それまではデーヴァナーガリーをローマ字アルファベットに置き換えて入力していた。これを「翻字」と呼ぶ。
http://www.loc.gov/catdir/cpso/romanization/hindi.pdf)
デーヴァナーガリーを見ながらアルファベットを使って入力するので、これも大変と言えば大変なのだが、翻字の規則を覚えてしまいさえすればキーボードはいつも使っているキーボードでかまわない。ところが、デーヴァナーガリーを入力するための設定をすると、それぞれのキーに当てはめられている文字が違うので、アタマがぼんやりした日にはすぐ間違ってしまう。例えば、翻字で”sa”となる文字は”“なのだが、いつものキーボードだと”m”にあたるキーを使う。”ma”は”“で”c”のキー、”da”は”“で”o”のキーというように、左手だか右手だかもややこしくなり、もう本当に訳が分からなくなるのである。
以前に翻字で登録されている書誌データも、今修正するならばデーヴァナーガリーで入力し直さねばならない。一般人にとってこれはなかなかに厳しいのだ。
うんうん言いながらぽちぽちと修正入力を済ませ、狸田さんにメールで回答する。「いつもお世話になっております。さて当館資料を確認いたしましたところご指摘のとおり副標題紙にシリーズ名の表記がございました。申し訳ございません。修正いたしましたのでご確認下さい。尚今後ともどうぞよろしく云々、、」
以前は、三件四件、時には五件のヒンディー語書誌調整がまとめて送られてきていたのだが、そうするとこちらはその対応に一日かかってしまうこともしばしばで、それがあまりに辛くなったある日、そちらのご都合もおありでしょうが、どうか今後はおまとめにならず書誌調整発生の都度ご連絡いただくわけにはまいりませんでしょうか、とお願いしたところ、その翌日からは一日一件のペースで送られてくるようになってしまった。たまに抜けることもあるのだが、これは狸田さんがお休みを取られている日ではないかと推察している。
本来、これほど他所様から突っ込まれるような不備だらけのデータを登録してはいけないのである。どう考えても外大図書館が悪い。本当にもう、何をやっているのだ。誰だ!こんな書誌を作ったのは。
「何樫さん、私、腹が立ってきました」
「僕が何かしましたか?」
「いえ、そうではなく。なんで毎日こんな情けない書誌調整ばかりなのでしょう。やれページ数が違う、の出版年が違う、の版が違うの、挙句の果てにタイトルが違う、とまで言われるんですよ。タイトルが違ったらもう別の本でしょうが。ああなんて間抜けなデータ!なんでもっとちゃんと本を見てデータ取りをしてくれなかったんでしょう!こんないい加減なことをして!いったい誰ですか!犯人は誰なんですかっ?!」
「誰が作った書誌か、そんなことは問題ではありません。データが誤っているなら修正しなさい。井上さんは正確なデータをとるよう心がけなさい。それだけのことですよ」
穏やかな仏様のような顔で何樫さんが言った。
外大図書館洋書担当者の日常 (5) 最終回
とうとうこの日がきてしまった。恐ろしい指令が下ったのだ。蔵書点検のため全ての図書館資料にバーコードラベルを貼付せよ!
蔵書点検とは、図書館の蔵書を「この本はたぶんあると思う」という状態から「この本は絶対ある」と言い切れる状態にする作業または「あるつもりだったのに実は無くなっていた本」を確定する作業。昔は曝書(ばくしょ)ともいった。
バーコードラベルは、開架の本には貼付済みである。新しく受け入れる本にも日々貼っている。付いていないのが書庫の本。大正時代から受け入れ順に図書番号で管理されてきたが、バーコードラベルなど貼られてはいない。一冊一冊に図書番号のバーコードラベルを打ち出して貼るとなると、これはかなり大変な作業である。そもそも、今バーコードラベルを貼らねばならない本というのはいったい何冊あるのだろう?
人海戦術を狙い学生アルバイトを募ることになった。募集の掲示を見るとその日のうちに集まってきてくれる。なんていい子達だろう。
私はおもむろに言った。「さて、君達の任務だが、1.書庫でバーコードラベルの付いていない本を探し出し、2.この事務室に運び込み、3.それぞれの図書番号をコンピュータに入力、4.バーコードラベルを打ち出し、5.本に貼り(表紙と標題紙の二箇所にね)、6.書庫に正しく戻すこと。半年で書庫全ての本を貼り終えなければならない。以上。何か質問は?」
「井上さーん、違う本なのに図書番号が同じですー。あ。同じ番号が何冊もありますー」
「台帳調べるからちょっと待ってて。って、うわ。30冊あるのに番号一つしかないわ。あらら困った」
「井上さん、ドンマイですっ」
桃山さんはテニス部。言動がどことなく体育会系である。
「あのー。これ全部背ラベルの番号が同じなんスけど」
「じゃあ悪いけど全集の番号順に並べてもらわないといけないねぇ」
「ウザっ。マジっスか」
「はっはっは。マジですとも」
桜田君は一年生。バイト君の中では最も若く、少しだけ今どき風。
「井上さん。これは表紙が取れていましたね。ラベルを貼れませんね」
「分かりました。表紙作るからそこに置いといて」
「お願いいたします。ありがとございます」
「梅さんは本当に日本語が上手ですねぇ」
「いえいえワタクシなどまだまだ。恐れ入ります」
梅さんは中国からの留学生。きっちりした性格で日本語も大変上手。
「だいたいが、図書館でバイトしようかという子達だから、まずみんな今どきの若者ではないわな」とは何樫さんの言。確かに、とても汚れる仕事だというのに、みんな嫌がりもせず楽しそうに働いてくれる。本は汚いものなのだ。授業の合間を縫って泥々になって走り回ってくれている。本当にありがたい。
「この本、半分しかありませーん」
「この本、開かないですね」
「この本、中身がないっスよ」
「この本、バラバラでーす」
修理すべきか否か、修理できるのか否か、技術は無いし時間は無いし。ぎゃあああ。
「壊れてるのはもうその辺に積んどいてちょうだい」
そして、とうとう彼らは貼り終えたのだった。その数8万冊。本当にお疲れ様である。
さて、昨今のスーパーマーケットは棚卸しを一晩で済ませてしまうのだそうである。お客さんが帰った後、徹夜で一気にやってしまうのだという。店員さんが作業するわけではなく、世の中には棚卸し専門の業者さんが存在するのだが、その棚卸し業者さんは、なんと図書館の蔵書点検もやってくれるという。業者さんに頼むことが決まったからには本にバーコードラベルが付いていないと困る。どうしても貼ってしまわなければならなかった理由は実はこれだったのだ。
外大図書館の蔵書点検は午後8時スタートと決まった。図書館側の指示は何樫さん一名。徹夜で付き合うことになっている。50人の業者さんがそれぞれバーコードリーダーを手に図書館中に散らばってバーコードラベルを読み取っていく。ピッピピッピピッピピッピ朝までである。お祭りのようで考えるとちょっと楽しいような気がしてくるが、実際は大変な作業に違いない。
「あれ、甘木君早いね珍しい。おはようございます」
「ああ井上さんおはようございます。いったい何してるんですか」
昨夜の読み取り作業で処理できなかったもの(バーコードラベルの貼り忘れ、バーコード不鮮明で読み取り不可など)を書庫からゴソゴソ運び出していたのだ。
「ゆうべ夜中に棚卸しがあってねー」
「棚卸し?生協みたいですね。図書館も棚卸しですか?」
「あ間違えた。蔵書点検。棚卸し専門の業者さんが来てゆうべ8時から夜中ずーっとピッピピッピ。朝6時半まで何樫さんが付き合って」
「うわ大変。それでかー。変だと思ってたんですよ。夜中なのに図書館ずっと明るいし何か聞こえてるし。何してるのかと思ってました。棚卸しですかなるほどねー」
蔵書点検ですってば。しかしさすがは甘木君、学校に住んでいると言われるだけあって何でも知っている。今朝早起きだったのではなく昨夜寝ていないということだ。やっぱり変な人である。
何樫さんがシステム担当の垂逸さんからCD-ROMを受け取っている。そろそろ蔵書点検後のエラーリストが出来上がる頃だと思っていたが、メールで飛ばせないほどの量だったのか?なんと、書庫だけでエラーが1万冊?1万冊も紛失しているということ?何がどうなった結果のエラーなのだ?見つかるものか見つからないものか、とにかくそれをはっきりさせなければ蔵書点検は終わらない。
はい、アルバイト君集合ー。これから書庫で1万冊探します。リスト10枚ずつと鉛筆、見つけたらチェックしてね。何か気が付いたことがあったらそれも書き込んで下さい。お腹が空いたら戻ってきてねー。
「いちまん?マジっスか」
「うわ大変。ファイト!ですね」
「はい頑張ります」
彼らは書庫へ走り去る。私たちは事務室でバーコードラベルを貼りなおす。梅ちゃん桃ちゃん桜君、やることはまだまだあるよ。がんばってくれ。君達の健闘を祈る。
※諸般の事情により2007年9月末日をもちまして外大図書館はなくなります。拙文にお付き合いくださいましてありがとうございました。