レポートVol.34     「フィレンツェ洪水から現代の資料保存へ」シンポジウム報告

平成21年度 吉備国際大学大学院 第2回大学院GPシンポジウム
「フィレンツェの洪水から現代の資料保存へ」参加報告         修復本科 公文 理江
 

はじめに
今回、平成22年2月19日に岡山県高梁市にある吉備国際大学で開催された講演に参加させていただいた。
以下、その内容を報告する。
【日程】
      日   時 : 平成22年2月19日(金)14:00~16:00
場   所 : 
岡山県高梁市 高梁学園 国際交流会館 多目的ホール
講演内容 : 
14:00~14:05 開会挨拶
14:00~14:05 演題1 Maurizio Copede 氏
「フィレンツェ大洪水後のイタリアの書籍修復」(同時通訳)
14:50~15:30 演題2 岡本 幸治 氏
「日本における書籍の保存修復の現状と問題点」
15:30~15:55 質疑応答
15:55~16:00 閉会挨拶
講演概略

1.講演1「フィレンツェ大洪水後のイタリアの書籍修復」について

 Copede氏は講演の初めに約25分、洪水の様子が撮影されたモノクロ映像を見せてくださった。以下は、Copede氏の
映像の解説をまとめたものである。上映中、随時、説明が入ったが、映像音量が大きく通訳の音声が聞き取れないこと
がしばしばあり、聞き取った内容の正確さが欠ける部分もある点をご了承願いたい。


ア.フィレンツェ洪水
 1966年11月6日、早朝にフィレンツェ市内を流れるアルノ川が氾濫して洪水が発生し、街中が水害による大きなダメー
ジを負った。映像では、街中に止めてあった自動車が横の道路標識とともに軽々と水に押し流されていく様子や途方に
暮れて、虚ろな表情をした人々の様子が記録されていた。
私(Copede氏)はこの時、別の町に滞在しており、2日後にフィレンツェに向かったが、その時でもまだ車で街に入ること
ができずに、歩いて救援物資を運んだ。
また、当時戦時下にあったパレスチナ、イスラエル人もフィレンツェにかけつけた。それほどに洪水によるダメージは大
きく、復旧作業は24時間、昼夜を問わず行われた。
イ. 洪水における文化遺産の被害
 書籍の被害数:ある図書館だけでも約5万冊
国立の図書館では約7000万冊
被害状況:ほとんどの本が泥水をかぶった最悪の状態
もちろん書籍だけにとどまらず、多くの美術作品も同様の被害を受けた。 ガリレオやミケランジェロの墓のあるサンタク
ローチェ教会、ウフィツィ美術館なども被害を受けた。

ウ.修復家たちについて
 フランス、イギリス、東西ドイツ、オーストリア、ハンガリーをはじめ、世界中から修復家たちが集合した。そして、修復家
にとどまらず各国の学者や研究者、職人たちも集合し、1970年代の半ばまで彼らによる協議、修復作業が行われた。

エ.洪水直後の修復作業における変化について
 ⅰ)目的の変化
   洪水前までは、1冊の本が時間をかけて丁寧に修復されていた。
洪水後は「できるだけ早く図書館を再開させること」、「本の機能を回復させること」に最大の焦点があてられ、修復
作業は簡略化・短時間に済ます方向へと大きく変化した。

 ⅱ)修復対象
   修復されるものは古書にとどまらず、新書、新聞まで紙ベースのあらゆるものが対象となった。
傷んだ製本を直し、本が使えるようにその機能を回復させ、さらに長持ちさせる方法を考えることが必要となった。

 ⅲ)修復方法・技術
   修復するものが大量であると同時に、修復に携わる人間もまた多数であった。
例えば国立の図書館では約250人、私(Copede氏)が所属していた機関では約120人が作業に従事した。
しかし、技術を持つ者は少なく、また大人数をコントロールすることも難しかった。
これらの点を考慮し、技術のない者でもできる新しい修復方法を探すことが求められた。

《 新しい修復方法について 》
    新しい方法は、逆に古い製本の中から考え出された。その技術は集まった修復家たちによって、世界各国に持ち
帰られた。しかし、早く大量に修復することを最大の目的としたこの方法は、もともと本が持っていた情報を失うこと
にもなった。

《 調査票について 》
    修復の際の貴重な発見は、修復中に記録されることが大切である。
新しい技術の出現と同時に「調査票」が誕生した。調査票には対処方法などが記入され、修復経験のない人間も
書籍の取扱いができるようになった。
本来は各工房で同じ形式の調査票を使用していくことが望ましかったが、イタリア人のわがままな気質も あり、様々
な様式の調査票ができあがってしまった。

オ.洪水後の修復界の変化~本の考古学の発展と課題~
 1975年にリチャード・ハリスンが新しい考古学調査を考え出した。それにより、70年代後半から中世の考古学研究が始
まった。そして、80年代には本も考古学的調査の対象となった。それまでの「本」という一個体のとらえ方ではなく、その
構成をなしている革や紐などがどのように作られているか、などと解剖学風な観点から本を調べ、そこから多くの情報を
得て、良い修復につなげていくようになった。
例えば、修復中の本の中から貴重なものが見つかれば、それを取り外して歴史的な価値のあるものとして保存した。こ
の方法は、全世界で行われるようになった。
しかし、同時に本には本来その本が持っている情報があり、修復はその情報を全て残しながら行うべきものである。 仮
に、本の貴重な情報をバラバラに保存するとその本の持つ歴史が失われることになる。よって、本から取り外されたもの
は、ひとつにまとめて保存されなければならない。
さらには、本についた傷はネガティブなものであるが、それもまたその本の歴史である。同様に修復行為そのものも、そ
の本のネガティブな歴史の一部となってしまう。修復でさえ、本にダメージを与えてしまうことになるのである。こうしたこと
をつきつめて考えていくと、 修復という行為が非常に複雑でデリケートで難しい作業となってしまうが、 修復家にとって
は、本の背景を考え、知ることも重要なことである。
一方で、この様な物の見方に反対の考え方(行動)をする修復家たちも存在する。 スイスやドイツでは印刷作業のよう
に、修復がどんどん機械化されている。その例としてリーフキャスティングなどがある。便利ではある が、私(Copede氏)
は反対する。現在のこの行為を未来の人間が同じように評価してくれるとは限らないからである。我々は、未来に対して
は私たちが見ているもの(知りえた情報)をできる限りそのまま伝えることが大切だと私は考えている。
修復家は本のアイデンティティを尊重し、謙虚に修復を行うことが大切ではないだろうか。

2.講演2「日本における書籍の保存修復の現状と問題点」について
 岡本氏の講演については時間の都合上、最後まで拝聴することができなかった。そのため、以下のようなメモ形式での
報告とさせていただく。

[岡本 幸治氏の講演メモ]
 ・日本と欧米では本についての文化的な理解の深さが違う。
・最近まで日本での「保存」意味合いは、「大切にとっておく」ことだった。
・ヤナセ ヒロタカ著「本を治す」の中で、紙の酸性化について述べている。これにより日本での保存の意味合いが変わって
きた。
・調査票の必要性
→最近の本(貴重書以外)については、構造よりも酸性化についての記録のほうが大切になってきている。
・90年代は利用のための保存が考えられる。
→安全に利用できるために段階的な保存を行う。
①広く、浅く手当てする(保存容器、保存箱、書見台など) ②深く手当てする
・革の手当てにはアンソニー・ケインズ提案のHPC(商品名:クルセルG)を使用。
使用方法は、HPCを塗って、アクリルポリマーで表面をコーティングする。HPCの使用には賛否両論あるが現在のと
ころ経過は良好。

おわりに
 私の心に最も印象に残った「謙虚に修復を行うことが大切」という言葉そのものの雰囲気で、講師のお二人は丁寧で穏
やかな語り口でお話くださり、またその充実した内容からも講演が終わるのが惜しく感じられた。
この講演を通して、一つの修復行為に対してもいろいろな立場から多様な見解があるのだということを改めて実感した。
だからこそ、修復は謙虚に行われるべきものなのだろうと思う。私自身も今後、この言葉を忘れずに修復に携わっていき
たい。

 

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