「The Bone folder” 第4回」

A DIALOGUE BETWEEN AN AESTHETICALLY-INCLINED BIBLIOPHILE
AND A WELL-VERSED-IN-ALL-ASPECTS-OF-THE-CRAFT-BOOKBINDER
~書物の美に惹かれる愛書家とあらゆる製本技術に精通した製本家との対話~

火曜日:装飾紙と革についての問答 (後半)

製本家:革の種々雑多な名付け方こそ、まさに神秘と言うべきでしょう。しかし実の所、この神秘はあまり好ましいものではありません。

■ なめし職人が革に色々な名前をつけてしまったせいで、大いに混乱を招いているのですよ。特に混乱がひどいのは、革の原産地にちなんで名前がつけられている場合です。今ではもう現地では生産されていない革にも、依然としてその土地の名前が冠され続けているのです。革の種類を特定するのに、原料となった動物たちの名前を使うのは避けることが多いのですよ。なんとも皮肉なことですね。革の中でも最も重宝されるのはサフィアンやモロッコという名で知られるものですが、これらは要するにヤギ革なのです。どちらもアフリカ産の。
tue8_goat1 ヤギ革
ヤギ革

 

tue9_goat2 ヤギ革のしぼ
ヤギ革のしぼ
 サフィアン革というのはモロッコの都市サフィに由来する名前で、モロッコ革というのも、原産地を指す名前です。サフィアン革はしぼ(皺)が非常に細かいのに対して、モロッコ革には粗いしぼがついています。この他にしぼが粗くて美しいヤギ革としては、ケープ・サフィアンと呼ばれるものがあります

しかし今挙げた3種類の革は、アフリカでなめし加工をされるわけではないのです。皮の状態で保存したものがヨーロッパに輸出されて、なめしはヨーロッパで行われています。美しいモロッコ革といえば、かつては専らイギリスかフランスで加工されたものでしたが、ここ数年でドイツでもいいものができるようになりました。フランスからも注文が来るほどです。もしかすると我々はそんなふうに輸出したものを、フランス製のモロッコ革として、そうとは知らずに逆輸入しているかもしれません。それほど高級ではない製本用革としては、東インド・サフィアンというのがあります。また、いわゆる”バスタード・レザー”として知られる革、東インドヤギと羊の雑種から作られる革で、しぼをエンボス加工で付けていることが多いものですが、これは製本には向きません。それから、羊革も製本には避けた方がいいですね、特に薄いへぎ皮を原料としたものは。そういうものを使うと、つくりが紙製本よりも脆弱になってしまいかねません。

 

愛書家:革の名前の混乱についておっしゃいましたね。僕にもついこの間、こんなことがありましたよ。ある本屋が僕にシャグラン革で装丁した本を見せてくれたんですが、その本屋ときたら、シャグランというのは動物の種類だと思っていて、しぼのつき方を指しているとは全然知らなかったんです。

 

製本家:まったく、革の名前というのは本当に厄介です。エクラゼ革(ecrase=潰す)というのは単にしぼを潰して磨いた革ではなく、しぼを潰したモロッコ革のことです。加工の仕方としては、イギリスとフランスで採用されているやり方が断然いいですね。革全体を機械でプレスして磨くのではなく、製本が済んでから、磨いた鋼鉄製のアイロンでつや出しをするのです。この他に非常に美しい革として挙げられるのは豚革ですが、これは小さな毛穴が空いているので見分けがつきやすいです。豚革のクリームがかった色合いは年月とともに風格が出て来て、本に古風な趣を持たせてくれます。表紙に空押しが施されている場合などは特にそうですね。空押しについては、また後ほどお話します。ミョウバンなめしの白い豚革も、製本ではよく使われます。

tue10_pig1 豚革
豚 革
tue11_pig2 表紙に貼った状態の豚革。毛穴が目立つ。
表紙に貼った状態の豚革。毛穴が目立つ。

 

 子牛革は素材そのものがなめらかで、非常にデリケートなものではありますが、やはり製本によく使われます。[訳注;成牛の]牛革はたいへん丈夫なので、利用頻度の高い、大きな本に使われることがほとんどです。
tue12_cow 牛革
牛 革
tue13_sheep 羊革
羊 革

 

 それから他には表面が毛羽立ったものや、スエード状のものがあります。こうした革は子牛や牛、または羊から作られ、種類はさまざまです。粗いしぼのついたアザラシ革もありますが、ひどく値段が張るわりにはあまり長持ちしないようです。お望みならトカゲやカエル、猿、蛇、魚やその他の動物の革も、製本に使うことができますよ。それから、お聞きになったことはあるでしょうね、人間の皮を使った製本というものを。

 

愛書家:なめした人の皮って、どんな感じなんでしょう?

ライン

製本家:豚革に似ていますが、もう少し灰色がかっています。ヴェラムについても申上げておきますと、現在製本に使われているものは、豚よりも羊か子牛から作られたものが主流です。羊革は子牛革ほど丈夫ではなく、ヴェラムにした場合でも同じことが言えます。また、ヴェラムは普通の革と比べると非常に高価です。

 

愛書家:黄色味を帯びてまだらになった、趣のある素敵なヴェラムもありますよね。ああいうのはどんな動物の皮を使ったらできるんですか?

 

製本家:羊か子牛でしょうね。ご承知の通り、ヴェラムはなめしをしていない皮で作ります。まず脱毛して、フレームに張り、余分なものきれいに掻き取るのです。この段階では、皮の自然な色合いがそのまま残っています。白いヴェラムを作る場合は、皮をさらに軽石でこすり、チョークの粉をすり込みます。革やヴェラムが尊ばれるのは、単に丈夫だからというだけではありません。これらの上に金箔押しをすると、素晴らしい輝きを見せるからです。これについてはまた別の機会にお話しなければなりません。

 

愛書家:では、今日はここまでにしておきましょうか。明日は製本していただく本を何冊か持って来ます。

原著は1922年『Der Pressbengel 』のタイトルでベルリンのEuphorion出版より刊行された。
2010年(c)Peter D. Verheyen翻訳

 



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