「The Bone folder” 第5回」

 

  • <“ The Bone folder” ~ボーンフォルダー~ : 第5回>
A DIALOGUE BETWEEN AN AESTHETICALLY-INCLINED BIBLIOPHILE
AND A WELL-VERSED-IN-ALL-ASPECTS-OF-THE-CRAFT-BOOKBINDER
~書物の美に惹かれる愛書家とあらゆる製本技術に精通した製本家との対話~

水曜日:紙製くるみ製本についての問答

愛書家:(両腕に本を抱えて)マスター、本を持って来ましたよ。僕がとりわけ愛着を持っているのはこの詩集、作者はこの国の詩人の中でも最高の部類に入る人です。並外れた激しさを持っていながらも、哀愁に満ち満ちた一冊なんですよ。いただいた紙のサンプルの中から、この一枚を選びました。背景に踊る色彩が素晴らしいし、メインの模様も刺激的です。

 

製本家:でも、もう読んでしまったんでしょう!

 

愛書家:ええっ。読んじゃいけなかったんですか? 僕がこの詩集を読んだことと、これを製本することとの間に、いったいどんな関係があるんでしょうか。

 

製本家:もともとは小口が裁断されていない状態だったでしょうから、読むためには繋がった部分を切らねばならなかったはずです。これが製本する際にはやっかいなのです。小口が不揃いになっていると、折丁をきちんと折り直すのが難しくなりますので。

 

wed1_uncut_book 天小口が未裁断の本
天小口が未裁断の本
(Wikimedia Commonsより Copyright(C) 2007 David Monniaux)

 

愛書家:それを教えてくださってありがとうございます。これからは、真の愛書家たる者、本は製本してから読むべし、ということを肝に命じておきます。製本の話に入る前にちょっとお伝えしておきたいんですが、この本には詩人から僕への献辞が書かれていて、それがページの端まで来ているんです。本を裁断することになっても、献辞はどうか切らないでください。

 

製本家:こういう場合に使えるいいトリックがありましてね。ご覧のように、献辞は右側のページにだけ書かれています。左側の余白にはだいぶ余裕がありますね。そこで左側の余白をほんの少しだけ切り落として、折り目をずらすのです。こうすれば右側のページは若干短くなりますから、折丁を裁断しても献辞が切れることはありません。差し込み図版が印刷面よりも大きい時などにも、製本家はよくこの手を使います。ただし、献辞が両ページいっぱいに渡っている場合には、手段はもっと限られてしまいます──そのページを差し込み図版のように折り畳むことになるかもしれません。それはさておき、この本は紙製くるみ製本にするのですね?

 

愛書家:ええ、でも、つくりのしっかりしたものにしてください。前に何度か紙製くるみ製本の本を買ったことはあるんですが、どれもがっかりものでした。

 

製本家:それはおそらく機械で製本されたものでしょう。私がこう言っても驚かれないでしょうが、手製本の職人である私としては、機械製本のことはあまり高く評価しておりません。とはいえ、製本機が登場したおかげで、書物が多くの読者の手に入り易くなった、ということは私も承知しております。しかし品質の点で言えば、機械製本で作られた本が、丁寧な手製本で作られたものに肩を並べることは決してないだろうと思います。これは別に負け惜しみで言っているわけではありません。本体の折りと綴じという行程までを機械に任せるのはさておき、表紙の制作と接合という段になると、機械製本と手製本では大きな違いがあります。手製本では表紙を本体に接合しながら作り上げるのに対し、機械製本では本体と表紙を別々に作って、最後につなげるだけなのです。
覚えてらっしゃるでしょうか、月曜日、あなたが最初にここへいらした時ですが、私はボードを表紙のサイズに切り出す前の段階で作業を終えたでしょう。さて、これからボードを本体に取り付けて接続部分を補強をするにあたって、ブラデル製本という技法を使います。

■ まず用意するのは薄手の厚紙です。天地の長さは表紙ボードと同じで、横幅はタブとして使えるように、本体の背幅より両側に数センチづつ幅広くないといけません。タブを作るにはまず本体の背幅を測り、その幅を厚紙の中央に写し取ります。次にその背幅の両端の所で厚紙を折り、本体の背に当ててみて、ぴったりフィットするかどうか確認します。
wed2_bradel_binding1 ブラデル製本
■ それから、仕上がった時に見返しの下になったタブが目立ちすぎないよう、厚紙の左右の端を薄く削いでおきます。ここまでできたらタブ部分にのみ糊を塗り、背幅を取った部分を本体の背にしっかりと密着させて、先にコードの端を貼っておいた保護紙の上に、タブ部分を重ねて貼りつけます。
wed2_bradel_binding1 ブラデル製本
■ それからプレスで短時間締め、接着を固めます。この時点でようやく、表紙ボードと本体とが繋がることになります。ボードはタブ部分に接着するわけですが、その際、本体の耳にボードを近づけすぎないように注意しなければなりません。これは本の開きのよさを確保するためです。
wed2_bradel_binding1 ブラデル製本

 

■ こうやって本体と表紙をしっかりと接続し、最後に表紙全体を紙でくるみます。

 

愛書家:今この紙製くるみ製本を拝見していて気がついたんですが、ここの細いヴェラムの帯──どうです、僕、よく見てるでしょう。これ、すごくいいですね。これがあると、単調なデザインで製本した時でも、ぐっと趣が増すんじゃないでしょうか。

wed1_uncut_book 天小口が未裁断の本
ヴェラム・ヘッドキャップのある本
(1922年 出版地ミュンヘン)

 

製本家:それは ”ヴェラム・ヘッドキャップ”というものです。ヘッドキャップは紙表紙の本の一番脆い所を補強してくれます。表紙の角に、外からは見えないようにヴェラムの補強を入れることもできますよ。

wed6_corner1 角のヴェラム補強  wed7_corner2 角のヴェラム補強
角のヴェラム補強

 

愛書家:(僕の本をヴェラム・ヘッドキャップ付きで製本してもらいたい時は、そう言いますね。角のヴェラム補強は全部にしてほしい所なんですが、見えるようにするかしないかは、またそのつど言います。さて、それじゃあ次は、本体の小口をどうするかについて話し合いましょうか。

 

製本家:もちろん、表紙に使う装飾紙の支配色とマッチする色合いにするのがいいでしょう。

 

愛書家:それはおっしゃる通りです。ただ、あんまり厳密に色を合わせるのもどうかな、と僕は思うんです。テキストの雰囲気を表現するために、コントラストのきいた色使いをするのもいいんじゃないですか。僕の友人に、表紙には暖色系の紙を使って、小口と見返しと背ラベルは黒で揃えた本を持っている奴がいます。本の中身はストリンドベリ[訳注:スウェーデンの作家(1849-1912)]で、製本デザインはあの詩人のメランコリックな性質を表現したものでしょう。友人はシラーの古い版も持ってるんですが、こちらの装丁は表紙がダークブルーで、小口と背ラベルは黄色系、見返しはグレー系の紙で、テキストとよく似合っていました。でも僕は、小口と見返しは同じ色がいいと思っています。そうすれば本を包むもうひとつのカバーのように見えて、調和もとれます。とはいえ、人間、柔軟さも大切ですから、今回は本文紙に似たシンプルな見返しにしようと思います。シンプルな製本ですからね。こちらに無地の紙は置いてありますか?

wed8_white_paper 無地の紙(白)

 

製本家:もちろん。いつでも何種類か用意してありますよ。クリーム色っぽいものや白いもの、手触りも滑らかなものからざらついたものまで色々ありますから、本文紙が手漉き紙であれ機械漉きの紙であれ、ふさわしいものが見つけられるはずです。これだけの種類があると、おおよそどんな場合でも対応できます。もし合うような紙が手元になかったら、私が自分で色付けをします──これにはコーヒーがなかなか使えるんですよ。

 

愛書家:マスター、あなたは袖の中にいろんなトリックを隠してらっしゃるんですね。僕の蔵書を安心してお預けできますよ。あともうひとつ、背ラベルをあまり天から離れた所に貼らないでいただきたいんです。ラベルの位置が低すぎると、背表紙が奇妙な格好に分割されてしまって、背表紙の気品が損なわれますからね。本が分厚い場合は、高い位置にあるラベルが本をスリムに見せてくれますし。ああ、それから、どうか背ラベルの文字はあまり大きくしないでください。できれば本文で使われている文字に対応するのが望ましいですね──ゴシック体ならゴシック体、ローマン体ならローマン体というふうに。それから最後に、背表紙の下の方には僕のイニシャルを入れてください!

原著は1922年『Der Pressbengel 』のタイトルでベルリンのEuphorion出版より刊行された。
2010年(c)Peter D. Verheyen翻訳

 

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