第12回 <カール・マルクス 『資本論』第1巻 フランス語版>

(資料提供 松山大学図書館 )

(Karl Marx (1818-1883) Le capital, livre 1, Developpement de la production capitaliste )
担当 修復本科 井上直子

この本の形態的特徴

まず、表紙の芯は厚紙、平にはマーブル紙 ( 画像① ) が貼られ、背とコーネルが部分的に革装、丸背で、花布は編まれず貼られている ( 画像② ) 。表紙を開くと、見返しもマーブル紙 ( 画像③ ) である。本文は機械漉きの紙にくっきりとした活字で印刷され、挿図も多い ( 画像④ ) 。ページ付けは 351 p. まで表記されており、本の高さは約 28 cm。この本の中に、出版年及び版は明記されていない。

本文紙はコード3本を支持体として綴じられている。本文紙と表紙は、綴じの支持体であるコードを表紙の厚紙に突き刺し、綴じ付けることで接合されている。背にコードが4本通っているように見えるが、実はこれは偽バンド ( 画像⑤ ) で、背の飾りとして付けられているに過ぎず、本の接合に関しては構造的に無関係である。

背革には上から2段目のパネルに著者名とタイトルが金箔押しされ、他のパネルにも金箔押しで模様が入れられている ( 画像⑥ )。表紙の平にタイトルなどの表記無し。天地、小口に装飾無し。総合的に見て、19世紀後半のフランスの製本様式と言えるだろう。

フランス語版『資本論』について

さて、カール・マルクスの主著『資本論』である。原著ドイツ語版の『資本論』( Das Kapital ) は、第1巻の出版が1867年、第2巻が1885年、第3巻が1894年である。書誌学者ウローエヴァ ( Анна Васильевна Уроева ) の『不滅の資本論』によれば、19世紀中に出版されたフランス語版『資本論』は第1巻のみであった。

この版の翻訳者はジョセフ・ロア ( M.J. Roy )、出版者はモリス・ラシャトル ( Maurice Lachatre, 1814-1900 )、印刷所はラユール ( Typographie Lahure )。翻訳の校正はマルクス本人が担当し、そのためフランス語版は、底本のドイツ語第2版の草稿とは異なる内容及び構成を持つ『資本論』に仕上がることとなった。結果的にフランス語版『資本論』は『資本論』研究に欠かせない存在となっている。

1872年9月に第1シリーズ ( 第1~第5分冊。1分冊が8ページなので、1シリーズは40ページ分となる ) が発行され、1875年11月に最後の第9シリーズ ( 第41~第44分冊 ) が発行されるまで、3年にわたり分冊刊行された。全分冊の発行完了後、『資本論』第1巻として1冊の仮綴じの形で出版されたものもある。これらがフランス語版『資本論』第1巻の初版で「ラシャトル版」と呼ばれる。「ラシャトル版」は10,000部出版された。

ところが、フランス語版はこの「ラシャトル版」だけではない。ウローエヴァ女史によれば「ラシャトル版」完成10年後の1885年に、アンリ・オリョル ( Henri Oriol ) によって5,000部が密かに復刻されている。ラシャトル出版社の社員だったオリョルは、1880年代の初めにモリス・ラシャトルから会社を譲られた。オリョルは全力で『資本論』の宣伝を続け、『資本論』を更に広く普及させたいとの情熱から、著作権を侵害する危険を冒してまでも復刻版の出版に踏み切ったのだった。この復刻版の出版は完全に著作権違反であったが、フリードリッヒ・エンゲルス ( Friedrich Engels, 1820-1895 ) を含め他の誰もこの件を告発していない。( この時点でマルクスは既に亡くなっている。)

つまり、フランス語版『資本論』には、1872年から1875年にかけて出版された「ラシャトル版」と、1885年に出版された「オリョル復刻版」の二種類が存在するということになるのである。しかし、このどちらの版の本にも、出版年及び版は明記されてはいない。

「ラシャトル版」か「オリョル復刻版」か ?

ウローエヴァ女史の調査によると、「ラシャトル版」と「オリョル復刻版」には、細かな点でいくつかの相違があるという。では、今回紹介するこのフランス語版『資本論』がどちらの版であるかを検証してみよう。

ラシャトル版 オリョル復刻版 松山大学
図書館所蔵本
ドイツ語版『資本論』
へのマルクスによる
序文の日付
1867 1875 1867 ( 画像⑦ )
紙質・植字の質 優れている 劣っている 退色のない美しい紙
見やすい印刷
モリス・ラシャトルから
マルクスへの返信
( 画像⑧ )
最終ページの整理番号 12403 12403 ( 画像⑨ )
タイトルページの挿図 パンテオン パンテオンではない パンテオン( 画像⑩ )
タイトルページの
出版社名
Lachatre Librairie du Progres Lachatre( 画像⑪ )
印刷所名 Lahure Lahure 以外のいくつかの印刷所 Lahure ( 画像⑫ )

上記の結果から、松山大学図書館所蔵本は、まさしく初版「ラシャトル版」であると判断したい。


参考文献
ウローエヴァ(1975)『不滅の資本論』佐藤金三郎訳, 大月書店
マルクス, カール(1979)『フランス語版資本論 ; 上, 下』江夏美千穂, 上杉聡彦訳, 法政大学出版局(経済学古典選書;1-2)

参考URL
久保誠二郎, 窪俊一, 大村泉 「東北大学附属図書館所蔵マルクス/エンゲルス貴重書閲覧システムについて」 東北大学附属図書館報『木這子』平成15年度 Vol. 28, No.2 2003 (通巻103号), 2003.9, p.1-13
< http://www.library.tohoku.ac.jp/kiboko/28-2/kbk28-2.pdf > (最終アクセス 2009年6月20日)


 

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