04:修復を終えて (その本との出会いから)・・修復本科 近山 宗子

「可愛らしい本!」
触るたびに、ぽろぽろと表紙の欠片が落ちてきそうなその本を、初めて手に取ったときの感想です。
片手に乗るほどの大きさの、縦長のその本の表紙は、厚紙ではなく、薄っぺらでほとんど黒に近い濃紺の紙でした。青とグレーの小さなドットが一面に飛び散り、その水玉模様が、まるで夜に咲く一面の野の花のようです。
他に2冊、同じ大きさの似たような本がありましたが、この本だけは、普通なら表紙に書かれているはずの書名やその他、一切の印字がありません。背表紙もありません。
ん~?何の本?子どものために、母親が手作りしたノートブックのよう・・・。
表紙をめくると、目の粗い紙に劣化による茶色いしみ。
古びた紙面には、アルファベット・・・。むっ・・・読めない・・・!

英語?フランス語?ドイツ語?
横文字を見るたびに、コンプレックスに陥る現実・・・。
アトリエのみんなのおかげで、オランダ語の本であると判明。
蘭語・・・!
しかし、日本語の活字とはちがう、西洋のそれは、なんとも美しい。
いつか誰かが手に取り、この本を読んでくれることを期待して、修復の勉強をさせていただこうと気を取り直しました。

一度、昭和30年代の日本の本の修理を経験していましたが、洋書は初めてです。
年代も1829年と古く、作りも雑、紙の質も劣るようです。
だいたい紙は、適当に切り落とされたとしか思えない程大きさにばらつきがあり、折り方もいい加減。
だから、紙の端から傷んでくるんでしょ!
確かに昔の製本は、「おおらか」と習いました。
でも、折り紙文化の国に育った者としては、「もっときちんと折ってよぉ・・・!」と、言いたい!

初めに、刷毛を使って埃を払いながら、1ページずつ点検していきます。
幸い、乱丁や落丁はないようです。
本の最後に、紙の質の違う付録のような数ページ分の冊子が綴じられていました。
破れや欠損を見つけるたびにスリットを入れていきます。
地図が一枚、折込で綴じられていて、その端がどこに綴じられているのかが後から分かるようにも、スリットをはさみました。
宝物の隠し場所でも書いてあったり・・・なんて想像しながら。
紙の質も思ったより悪くなさそう。
おそらく、製紙工房のマークと思われる透かしが入っていました。
ただちょっと薄いので、よれたり、たわんだりして、折じわがところどころに見られます。
折じわをそっとのばしていきます。この本が、どう修復されるのかとても楽しみになりました。

表紙は特に劣化がひどく、触るたびに欠片が落ちるのではないかと思いましたが、案の定、数片の欠片がぽろぽろと剥がれ落ちる始末。欠片を無くさないように、透明な小袋に入れて保管しました。

後でジグソーパズルのように、貼り合わせるためです。
気づかずに落としていた、欠片もアトリエで保存してもらっていました。
良かった!掃除機に吸われてしまわなくて・・・!

埃を払ったら、次は消しゴムで表紙の汚れを落としていきます。
表紙を破かないように、力加減が難しい。
先生お薦めの某有名文具メーカーの消しゴムから、灰色のかすが繰り出され、こすった跡には、光沢が出てきました。これでいいだろうと先生に見せると、まだまだとの事。
むきになってこすっていくと、また表面が剥離して欠片が落ち、消しゴムのかすがわずかに青く色づいて・・・。
ちょっとやりすぎ。

いよいよ中身の修復にとりかかります。ページの破れに和紙を貼っていくのです。
糊は化学糊を使わず、添加物の入らないでんぷん糊を使います。
スターチ(でんぷん)を精製水で溶き、熱を加えた物を使いますが、水加減による糊の硬さや糊の古さ、気候によって、同じ糊でも全然仕上がりが違う(らしい・・・)。
まだまだ経験不足のため、ひとつひとつ、先生に確かめながら糊を選びます。
和紙を破れた部分の大きさに合わせて手でちぎっていくと、紙の端に繊維の毛羽ができます。
小筆を使って糊を塗り、破れたところに置き、その毛羽を均等に広がるように撫で付けて貼ります。
裏表両側からサンドイッチするように貼り合わせ、水分を吸い取って平らに乾かします。
上手くいくと、本当に綺麗に仕上がり、自己満足。
印字の上から貼っても、和紙なら下の字が透けて見えるので、平気です。
薄くても丈夫な和紙の偉大さに、脱帽!
ページからはみ出た部分は、はさみで切り落とします。カッターを使わないところが肝心。
ちょうど角のところは、分からないくらい少しだけ、先生がはさみを入れました。
わずかに切り落とすことで、角がとれ、まるくなります。
古きよき時代の温もりが、時代を経て出来上がったまるみが、一瞬にして蘇った瞬間・・・!

綴じ糸を切って、紙を破かないように1本1本抜いていきます。これも小袋に入れておきます。
百年以上も前に誰かが綴じた変色した糸。大切に、大切に・・・。
捨てずに残しておくのも、修理と修復の違うところ。
おっと、折丁の綴じ穴がずれている・・・! だから天地が、がたがたなわけね。何とおおらかな製本。

綴じは、綴葉装。
糸の両端に針を通して綴じていくそのやり方は、初挑戦。新しい綴じ方を覚えるのはとても楽しい。
針仕事は嫌いではないので、順調に仕事を進めて、最後は糸の両端を結ぶ和綴じの手法で糸を切りました。
また百年後、この結び目を切って、誰かの手でこの本が修復されるかしら・・・。

後は、表紙から剥離した欠片を貼り付けて完成です。
小袋から欠片を取り出し、ピンセットではさみ、貼るべき場所を探していきます。
ほとんどの欠片が、収まるところに収まったのに、一片だけ行き場所の定まらない欠片がありました。
剥離した跡はいっぱいあって、そのどれにも当てはまるような形の欠片だったのです。
虫眼鏡で覗き込んでも、「ここだ!」という確信が持てない・・・!
アトリエの仲間にも見てもらって、やっと行き場所が決まりました。
完成!
遠い昔のオランダの本が、ここ奈良の地で生まれ変わるなんて!現代も続くシルクロード。
修復した本に、愛着を感じます。この本は、次は誰の手に渡るのでしょうか・・・。