オーストリア紙修復セミナーに参加して
<2014年11月27・28日 クレムス・ドナウ大学にて> 代表理事 板倉正子
クレムス(Krems an der Donau)はオーストリア・ウイーンの西約70キロのところにある小さな町で、ドナウ川とクレムス川の合流点に位置している。
ドナウ大学(Danube University Krems)は1994年設立の新しい大学で、 医学・保健社会 、経済経営、法律及び国際問題、 メディア・コミュニケーション、芸術・文化などの学部があり、約90か国から8,000人以上の学生が在籍しているそうである。
興味深いところは、この大学、刑務所の建物と向い合せになっており、元はタバコ工場であったという。タバコ産業が衰退し、その跡地の再利用として、ドナウ大学が設立されたそうである。
<European research Center for Book and Paper Conservation-restoration>は、修復家であるPatricia Engel女史によって設立され、その本拠地をホルン(Horn・オーストリア)に置いていたが、諸般の事情から、2014年4月上記、ドナウ大学に移転された。
ここで2014年11月27・28日の二日間、オーストリア国内向けの紙修復のセミナーが行われた。私は、第1回目のホルンでの国際会議に出席した後何度かーパーチメント関連のワークショップに参加し、非営利団体としての運営の在り方などに関してEngel女史と色々意見を交換していた関係で、今回のセミナーへの参加の御誘いを受けた。講義はドイツ語ということで参加に躊躇はしたものの、今後協働していくための打合せもあり、思い切って参加することにした。
参加者は私を入れて、24名、オランダからの参加者もあったが、ほとんどがザルツブルグ等オーストリア国内からで、修復の専門職や、大学で教鞭を取っている方達であった。
一日目は自己紹介から始まり、セミナーは、5人づつのグループに別れ、大学図書室をざっと見学し、各々気づいた点をのべあった。その後一人づつが教材として用意された修復の必要な本を観察し、まず、本の仕様について述べその後、使われている材料について述べ、最後に修復方針の見解を発表する。という形で進んだ。午後は、書物を傷める要因としての、黴、害虫、没食インクについて、及び材料としての用紙、パーチメント、革についての問題点がそれぞれ出され、対処法などについて意見交換がなされた、二日目は、修復における最小限の手当についてそれぞれが見解を述べた。
その後、室内における黴の繁殖の数値を図る測定器の紹介、紙の酸性度や不純物質(リグニンなど)の含有率を測定する装置について紹介がなされた。この装置は、ある種のスキャナーをPCにセットし、任意の数か所をピンポイント的に測定すると、PCの画面上にグラフで表されるという優れものである。資料を水に浸したり、試薬を付けたりすることなしに測定できる。これはオランダの参加者から紹介された。
最後に板倉は、持参していた和紙漉き工程をまとめた資料で、日本の紙漉きについて紹介する機会を与えられた。和紙についての参加者の関心は非常に高く、「楮という原料は知っていたが、樹皮の部分だけを使うということは知らなかった」とか、「楮を育て原料にするまでにこれほどの手間がかかることを知って驚いた」等感想が聞かれた。このパワーポイントの資料は、2013年に一年をかけて、吉野の福西和紙本舗様を何度も訪問させていただき、和紙作りの工程をつぶさに写真と映像で撮影したものをまとめたものである。今回このような機会が得られて、大変うれしかった。
セミナー後、Engel女史からセンター移転のいきさつや彼女の今後のドナウ大学、文化・芸術学部での活動の構想をお聞きし、NPOとして出来るところは最大限に協力させていただくこととした。大学では新しいプロジェクトを積極的に取り入れ、潤沢とは言えないが、出来るだけの予算を準備してくれるとのこと。女史は「このようなプロジェクトを推進していくことはあなたにとって難しいことですか?」との私の夫の問いに自分にとってはスポーツのようなものでむしろ面白い、と答えられた。この彼女の前向きなパワーをいただいて、私もとりあえずは、今年中にワークショップ等の企画書を提出し、彼女がそれを取りまとめ大学側に提出する。ということでお別れをした。