図書の分類と製本の歴史の関連性

<図書の分類と製本の歴史の関連性>   担当:上級クラス 山田順子

現在我々が利用する多くの図書館では、本が内容ごとに分類され、分類ごとに配架する書架が決定されている。さまざまな大きさの図書があるので、一つの書架の中、又は一段の棚の上には背の高さの違う本が混在している。ところが、西洋の古い書物を集めた書棚の写真を見ると、本の背がほぼ同じ高さに揃っていることが多い。一体それは何故なのか?そんな疑問から図書の分類と製本の歴史の関連性を調べて見ることにした。

グーテンベルグ以前

6世紀から15世紀分類とは同じものを集め、他のものと分けることにより、目的とするものへのアクセスを容易にすることである。6世紀から13世紀頃のヨーロッパでは、修道院が本を生産し、保管する場であった。まだ印刷技術が発明されていないので、大量に本を生産することはできず、修道院図書館の蔵書数は600~700冊程度のものであった。修道院に共通の分類法はなかったが、おおむね共通していた項目は「聖書および聖書注解」「神学」「歴史」「法律」といったもので、各項目にアルファベットかローマ数字の記号が付され、その記号が書架の記号でもあった。14世紀頃からは修道院に代わって大学が図書の収集を行う場となったが、大学図書館でも分類方法は図書を主題ごとに10項目ほどに分ける、ごく大まかな分類方法であった。主題ごとに図書を配架する書架が決められており、図書は受け入れ順に並べられ、書架の側面に配架順に書名を記したリストが取り付けられていたという。
図書を書架に並べる方法は、今のように背を手前に向けて置くのではなく、表紙を上に向けて平置きにしたり、書見台に並べておくものだったので、本の背の高さが揃っている光景はこの頃にはまだ見られなかったと思われる。

グーテンベルグ以後 15世紀から18世紀

15世紀に印刷技術が発明されたことにより、書物の大量生産が可能になると、図書館で収蔵される図書の数は急激に増加し、18世紀末のドイツのゲッチンゲン大学図書館ではその蔵書数が11万冊以上にも上った。図書館では資料管理のために、また利用者が必要とする資料へのアクセスを容易にするために、より細かな図書の主題決定、分類が求められるようになり、ドイツのゲストナー、フランスのブルーネ、英国のベーコン等が分類法を考案した。図書館内では分類ごとに書架が決められ、その中は図書のサイズ順(用紙を二つに折った2つ折版、4つ折版、8つ折版、12折版の4種類がほとんど。それぞれに背の高さは最高15インチ、12インチ、8インチ、7と3/8インチ。)そして受け入れ順に配架されていた。図書を立てて並べる習慣は17世紀頃から見られるようになったので、同じ主題、同じ大きさの本が集められた書架の中で、図書の背の高さが揃っていたことが想像できる。

産業革命以後

19世紀に入ると、アメリカやイギリスでは義務教育制度の充実に伴い、一般市民の識字率が上昇し、市民のために読書の場を提供する公共図書館の姿が見られるようになった。学術研究目的の利用から、漠然とした目的で図書を探す利用へと利用者の目的にも変化が生じ、大きさ別、受け入れ順の配架方法では不便が生じ、図書の配列にも見直しが求められるようになった。また、19世紀半ばにパルプが発明されると紙が大量生産され、同じ頃に輪転機の発明、植字の機械化と、印刷技術も格段に向上し、図書の大量生産、そして低価格化が進んだ。印刷機の性能向上は更に進められ、大きい紙に印刷することも可能となった。

製紙技術の面においてもそれまでのように1枚ずつ決まった大きさの紙を作るのではなく、ロール状に紙が生産できるようになると、印刷するための紙の大きさを自由に決められるようになる。紙の大きさが変わると、図書の大きさもある一定のサイズから様々な大きさに変化し、図書館では分類後の図書をサイズ別に配架する根拠が弱まってきた。19世紀末にアメリカでデューイが図書を体系的に分類し、主題別に配架するための十進分類法を発表したのは、このような時代背景があったからである。

近代日本の製本と図書館史

江戸時代までの日本の本作りのスタイル、和綴じ本では書物を立てて保管するのではなく、平置きにして重ねておくものであったが、明治6年(1873年)にイギリス人パターソンにより西洋製本術が日本に伝えられて以来は、西洋式の型の図書が我が国でも主流となった。
昭和25年に図書館法において無料利用の原則が定められ、昭和30年代から50年代にかけては中小規模の公共図書館が全国の各地方自治体に設立された。我が国独自の分類法である『日本十進分類法(NDC)』は昭和4年(1929年)に第1版が出版され、昭和23年(1948年)には国会図書館の分類法にも採用された(1969年以降の国会図書館では独自の分類法で分類している)。NDCの特徴である同じ主題の図書を同じ分類にまとめる、そして同じ分類の図書を同じ書架に配架する方法が全国の公共図書館にも普及し、我々にとって最も馴染み深い図書の分類と配架方法となった。
昭和30年代からは、それまでは手作業によるものだった製本作業の機械化が進み、経済成長にも伴って書籍が大量生産される時代となった。図書の大きさはA列版、B列版といった紙の大きさの規格から決定されるが、図書の主題によって使用する紙のサイズに決まりがある訳ではないので、同じ書架の中に様々な大きさの図書が混在する光景が我々には普通となったわけである。

このようにグーテンベルグの印刷技術発明前から近代の図書館の歴史、そして各時代の分類、図書の配架方法を製本技術と併せて考察すると、図書の分類も配架方法も製本技術も、その当時のスタイルには理由があり、相互に影響していたことが分かる。そして、我々が日常の中で当たり前だと思っていた、身近に図書館があり、大量の本があり、自由に閲覧したり、便利に目的の図書を探し出せることが、ここ何十年かの文化であり、それを享受できる事の有り難味を改めて知ることとなった。
Apple社のiPadをはじめとする各社の電子書籍閲覧ツールの発売が相次ぎ、2010年は電子書籍出版元年と言われる。いずれ書籍は電子による出版が通常となると、我々が中世の写本をガラスケースの中に見るように、紙に印刷した本を博物館で見る時代が来るかもしれない。我々は未来に誇ることのできる図書文化を残すことができるだろうか。

<参考文献>
今まど子、近川澄子、河島正光、松戸保子著 『資料分類法及び演習』 樹村房 昭和59年 (図書館学シリーズ, 5)
高宮利行、原田範行著 『図説 本と人の歴史事典』 柏書房 1997年
箕輪成男著 『出版学序説』 日本エディタースクール出版部 1997年
Kilgour, Frederick G. 著 “The evolution of the book”  Oxford University Press, 1998年
藤野幸雄著『図書館史・総説』 勉誠出版 1999年 (図書館・情報メディア双書, 1)
凸版印刷株式会社印刷博物誌編纂委員会編 『印刷博物誌』凸版印刷 2001年
“Book size” , Wikipedia.http://en.wikipedia.org/wiki/Book_size