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レポート

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 レポート46
 ■ 東日本大震災津波被害 −被災文書救出の記録(3)             修復本科 長友 馨  
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■ その他
その他、書き漏らしたことや作業全般に共通することを記しておく。

服装
汚れてもいい服装。その上に、エプロン等を着用するのが望ましい。

使い捨てのマスクおよび薄手で密着性のビニール手袋/ゴム手袋が現場で支給された。ただ、マスクをしていても、チリやホコリはやはり口や鼻へ入り込んでくる。機能や性能が高い製品ならもう少し改善されるのかもしれないが、大量に使用するものだけに、実際には予算との兼ね合いということになる。

ドライ・クリーニング時にはホコリの飛散が多く、髪の毛を覆う手ぬぐいやタオルもあるとよい。また、かっぽう着が便利(エプロンと違い、袖口もカバーされる)、との声もあった。半袖のTシャツで作業していたとき、室内での作業なのに腕が妙に日焼けしているなと思ったら、ホコリで薄汚れているのだと気づいて苦笑したことがあった。

粉塵対応
現場には、ファンで駆動する集塵機が用意されていた。が、実情は上記のとおりで、対策が追いついていなかった。大人数が入れ替わり立ち替わりすることや、予算の兼ね合いなど、難しい事情はあった。だが、人を集めるうえで健康面への配慮は大切な要素だ。より充実した対策が望まれる。

1日のスケジュール
作業時間は9:00〜17:00で、12時から1時間は昼食休憩。午前と午後にそれぞれ1回、15〜20分程度の休憩をはさむ。この種の作業は、つい延々と進めてしまったり、マスクのせいで水を飲まない状況になったりしがちである。熱中症が怖い時期だっただけに、きちんと休憩をとることは重要だった。

ゴミ
土砂、使い捨てのマスクや手袋など、ゴミが大量に発生する。各地域の基準に従って、適切に廃棄する必要がある。


今回、脱塩処理は行っていない。坂本氏がインドネシアで作業した文書を後に検証したところ、脱塩を行っていないにもかかわらず、文書の状態は良好で、べとつきや劣化はなかったとの話だった。科学的な検証はまだ十分でないそうだが、応急処置としては必ずしも行う必要はないという方針になった模様。

余談になるが、今回の津波被害を受けた文書は、時間経過の割にカビの被害が少なかった。塩水の影響ではないかと考えられ、他にもいくつか類似の報告があるようだ。(※ 東京文化財研究所の発表等によると、塩分に弱いカビは確かにあまり発生しないが、塩分に強いカビは塩水に濡れた紙でも大量に発生している。「塩水の影響」でカビの被害が少ないとするのは臆断の域を出ない。改訂: 2017/02/06)

セキュリティ
冒頭にも記したように、作業期間中は文書の安全を確保するため、作業場所、扱っている文書の種類、文書の所有団体名、写真などを、不特定多数の目に触れるところに公表しないように、との機密保持が要請されていた。そして、曖昧ながら現在も、過度に具体的な内容を記すことはできないようである。

機密保持自体は当然必要な措置だが、一方で情報共有に腰が引けてしまう弊害もある。どこまで情報を出していいのか明白な基準や具体例の提示を強く望みたい。

■ 最後に
ここには今回の現場で体験したノウハウを、細部に重きを置いて記載したつもりである。だが、このような非常時の短期決戦では既存のノウハウを真似ることよりもむしろ、状況を速やかに把握し、柔軟に俊敏に対応していくことが重要である。ここに書かれたことに捕らわれず、現場の実情に合わせた柔軟な対応を第一に心がける必要がある。

また、作業の性格上、人海戦術となるのはやむを得ないが、人を多く使えば勤怠管理、健康面の配慮、精鋭部隊の育成、教育システムの構築、進捗見積もり、予算や物資の管理など、管理/運営面も複雑になる。単純に人を集めて力を出して、だけでは回らないのだということも強調しておきたい。

 

ボランティアが集結して生まれる力は決してあなどれないし、自分も機会があればできるだけ手伝いたいと思っている。ただ、返却日に積み上がったコンテナの巨大な壁を見て、今回の被害規模はそれだけでとても追いつくようなものではないと、あらためて痛感した。長期間にわたって継続的に文書復旧作業にあたれるような、公的な助成措置が執られることを強く望む。

 

最後に、修復そのものについて思ったことを少し書いておく。

ここで記した手法は、普段手がけている修復に比べると、やはり相当荒っぽい。書物の修復を学んでいる者としては、もっと丁寧に大切に仕上げたいという思いがある。だが、それをしていては、今回のような大規模案件では途方もない時間がかかってしまう。…このようなジレンマで、作業を始めたばかりの頃は特に、気持ちに折り合いを付けるのが難しかった。

だがおそらく、このような非常時に作業者がとるべき態度は、自分の中の基準に固執することではない。社会に最もプラスになるのはどういう作業かという観点から、新たに基準を組み立て直し、それに従って速やかに動くことだろう。

濡れた状態の文書を、必要以上に時間をかけて処置すれば、待たせている他の文書はかえって傷みが進む。利用の再開が一刻も早く望まれる文書を、最低限必要な期間より長く手元にとどめておいては、生活や経済活動にかえってマイナスになり得る。…ただ闇雲に急いでいたわけではないのだ。

もちろん、事情が許す範囲で最善の処置を施すことに変わりはない。だが、自分がこれまでに学んできた事柄や技法ばかりに捕らわれず、もう一段高い視点から、非常時に本当に求められる修復について考え直すことの重要性を、今回の経験を通して強く感じた。

長友馨 (修復本科)

■ 参考資料
この文書の作成にあたり、次の資料を参考にした。

「凍結乾燥の原理」(http://www.tatm.co.jp/about_freezedry/principle.html)…株式会社 宝エーテーエムWebサイト
「被災文書保存処理完了報告会」(紙資料)…本プロジェクトの主体となった大学より配布された資料
「コクヨ プレスリリース」(http://www.kokuyo.co.jp/press/2011/07/1169.html)…プリットの製品説明を引用



 

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