リンク集のページへ サイトマップのページへ このサイトについてのページへ
 



space
レポート

<<目 次 ←前のレポート 次のレポート→


 レポート30

 ■株式会社渋谷文泉閣 製本工場見学レポート       修復本科 栗田衣里子
  
  (2008年11月5日 長野 参加者:6名)

ライン

 製本には大きく分けて上製本(ハードカバー)と並製本(ソフトカバー)の二種類があり、それぞれ丸背と角背の二種類がある。また、糸綴じと無線綴じ(接着剤のみで固めてある)がある。
 上製本には並製本と異なり、溝があるため表紙が開きやすく、背に負担がかかりにくい。さらに、丸背の場合にはクータ(あるいはクーター)と呼ばれる紙のチューブが背表紙と本体の背の間に入れられているため、本を開いたときに空洞ができる。このことで更に本の開きを良くし、中身と表紙の結合を助け、背への負担を軽減している。一方、角背の場合は背と本体の間に余裕が少ないため、開きにくい。角背でクータを背に入れる場合は、背幅よりも少し幅広のクータを入れることによって背と本体との間に余裕ができ、開きやすくなる。
 並製本の製本方法は無線綴じであることが多い。現在一般的に使われている接着剤は柔軟性が低いため開きにくく、中身を読む時には手で押さえておかないと閉じてしまうことが多い。また、本体の背と表紙の背が糊で接着されているため、開閉を繰り返すことで背表紙が割れてしまったり、破れたりと傷みやすい構造になっている。
 このように、上製本よりも並製本のほうが傷みやすい。さらに、現代では上製本よりも文庫本などの並製本のほうがより身近なものとなっている。そのため、必然的に修理が必要となる本も並製本のほうが多い。それらの対処に関して、上製本であれば背にクータを入れて補強するなどの処置を行うことができるが、本文を糸で綴じておらず、背に切り込みを入れて接着剤のみで製本され、本体に表紙が一枚巻かれているような本(例えば文庫本など)を修理するのは困難である。応急処置として背に接着剤を再度入れて中身と結合したり、和紙などで補強したりするが、しばらくすればまた同じように壊れてしまうことが多い。
 私たちはこのような問題を解消する良い方法はないかと以前から模索していた。そのようなとき、図書設計家協会会報「図書設計」(No.72/2008)に『うわさの情報突撃取材- 1 開きの良い製本―クータバインディングを開発した渋谷文泉閣を訪ねる』という記事が目にとまった。記事によると、渋谷文泉閣の最高技術顧問である渋谷一男氏が、肢体の不自由な友人の「手で押さえなくても閉じない読みやすい本が欲しい」という一言をきっかけとして、クータバインディングが開発されたということであった。
 開きを良くし、背を補強するために上製本の背にクータを入れることはこれまでも行われてきたことだが、この渋谷文泉閣が開発されたクータバインディングは並製本に用いられているらしい。このような独自の製本を行っている企業があることを知り、早速、製本工場の見学をお願いした。


クータバインディング
 
丸背上製本のクータは一般的に背幅と同寸で作られるが、渋谷文泉閣が開発したクータバインディングでは、背幅よりも5mmほどずつ両側へ広いクータが用いられている(写真1)。
 クータを予め作成し、その後表紙カバーへ貼り付けるという工程で製本されていた。機械にクータとなる紙と表紙カバーがセットされ、一瞬で表紙カバーに貼り付けられたクータが出来上がる(写真2)。このようにして出来上がった表紙は、次の工程へ送られ、表紙カバーと本体が結合される。
レポート30画像01
【写真1】

  クータバインディングでは現在製本業界で主に用いられているホットメルトという接着剤ではなく、PURという新しい接着剤を使っている。このPURこそがクータバインディングの開発を成功へと導いた秘密である。
ところで、この「クータ」という製本用語。この言葉の語源は何であろうか。2年前のシンポジウムでお招きしたデボラ・エベッツ先生“tube”という単語を使っておられたので、英語ではない。このことについて渋谷氏に伺ったとこ ろ、関東の職人たちが使っていた 「空袋(くうたい)」という言葉が なまって「クータ」になったので はないかということであった。な るほど、どおりで辞書にも載って いないはずである。

レポート30画像02a レポート30画像02c レポート30画像02b

【写真2】クータの部分が分かりやすいように点線が引いてあります

 

PUR

 現在、製本に用いられている接着剤はEVA系のホットメルトが一般的である。この接着剤は40℃以上になると溶解したり、印刷インクの溶剤の影響でページが外れてしまうなどの欠点が指摘されている。しかし、新型接着剤PUR(ポリウレタンリアクティブ)の耐熱性は−30〜120℃と幅広く、高気温でも接着剤が溶け出してページが外れることはないという。さらに、柔軟性が高く、インク溶剤にも強いなど、これまでの接着剤の欠点を充分に補える優れた性質を持っている。
  また、リサイクル過程で完全に除去できるため、環境にも優しいということである。このようなPURの特性は、本の開きを良くし、背の接着剤が劣化して本がバラバラになることを防ぐことが可能となる。PURは接着時間が温度・湿度に左右されるため、温・湿度のコントロールが不可欠である。そのため、工場の天井には蒸気の噴出口があり、湿度が60%以下になると自動的に蒸気が噴出されるようになっていた(写真3)。 レポート30画像03
【写真3】

 これまでも背に背幅よりも少し広い紙を貼り、紙の両端で表紙と接着している広開本といわれるものはあったが、これは紙の両端のみに接着剤で貼っているため強度は充分であるとは言えなかった。それに対し、クータバインディングではクータ全体が接着面となるため、強度が上がる。また、従来の接着剤は厚く塗るため本の開きがあまりよくなかったが、PURの特徴である柔軟性によって、その問題も解消できている。
 しかしながら、クータバインディングを用いた製本は、まだすべての本に採用されているわけではない。通常の工程にクータを作るという工程が一つ増えることや、PURが製本用接着剤としてまだ普及していないためホットメルトよりも高価であることなどにより、通常よりもコストがかかってしまうためである。しかし、PURが普及してクータバインディングを用いた製本が増えていけばコストを下げることは可能である。
 さらに、PURによるクータバインディングを用いた製本が増えることで、本が壊れることが少なくなり、図書館や学校の図書室で修理に頭を悩ませたり、新しい本を買いなおすことも減ることが予想される。

 今回、渋谷文泉閣を見学させていただいて、最も驚いたのは機械の動きの速さであるが、各工程で必ず人の目で細かにチェックが行われていることも印象的であった。また、コストが多少かかってもクータバインディングやPURなどの傷みにくく、どんな人にも利用しやすい(構造的に)良い本を作ろうという渋谷文泉閣の高い志が感じられた。
私たちは壊れた本の修理を行っているが、修理をする際にどのような手立てで修理するのが一番良い
のか悩むことが非常に多い。
 どのような壊れ方をしている のか、どうしてこのような壊 れ方をしたのかを考えるとき、 図書館で本を扱う人々と適切 な保存環境や利用の仕方を考 えるだけでなく、製本業界の 人々と一緒に本を作る段階か ら考えていけるようになるこ とが理想的である。

 最後に、お忙しいところ私達の見学を快く受けいれてくださった渋谷文泉閣の皆様に心よりお礼申し上げます。

 

***********************
『株式会社渋谷文泉閣』ホームページ
http://www.bunsenkaku.co.jp/
***********************

ライン
  ←前のレポート 次のレポート→





このページの先頭へ ▲ 
space Copyright(C) 2004 書物の歴史と保存修復に関する研究会.All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.
当ホームページに掲載の文章・画像・写真等すべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。
  space