HOME>レポート>レポート43 | |
|
レポート43 |
■ 東日本大震災津波被害 −被災文書救出の記録(1) 修復本科 長友 馨 |
震災から3ヶ月あまりが過ぎた6月の下旬。津波被害にあった文書を救出するというプロジェクトに誘われた。ここでは、そのときに体験した水損文書の復旧処置について具体的な手順やノウハウを中心に記載している。水損文書の復旧についてはすでに多くの情報がネットに流れているが、真空凍結乾燥を交えた具体的な処置手順について書かれたものはまだ少ない。大量の文書を迅速に処置する際の参考になれば幸いである。 ■ お断りこのレポートは機密保護上の要請により、具体的な文書の性格や地名、その他の一部の固有名詞などを伏せた形で公開している。本来、修復や保存作業は文書の性格と密接に関連するものである。それらの記述を廃したことにより、理由がわかりにくかったり、具体的なイメージがわきにくい箇所が残ると思うが、何卒ご容赦願いたい。 ■ プロジェクトの概要今回救出の対象になった文書は、被災地2団体の、津波で泥をかぶった事務書類である。書類はファイリングされた簿冊の形態で、両団体合わせると4000冊を超える。 作業は、史料保存の高度なノウハウを有する奈良県内の大学で行われた。当初は、大学の学生が中心のプロジェクトだったが、途中からNPO法人書物研究会 (以下、書物研) の会員も作業を手伝うことになった。プロジェクト全体を取り仕切るのは、JICAの一員としてインドネシアの津波被害で資料救出の指導/監督にあたった坂本勇氏である。 プロジェクト全体の期間は、4月末頃から9月中旬までの足かけ4ヶ月あまり。ただし、奈良での作業は期間前半のみで、書物研が手伝ったのはその中の6〜7月にかけてである。期間後半は被災地で作業されたが、期間の最終盤には奈良でもその一部を手伝っている。 ■ 作業の流れ今回の案件では、「大量」の文書を、「迅速」に処置することが求められた。 冊数自体4000冊を超えているが、それに加えて1冊1冊が非常に分厚かった。平均すると厚みは10cmといったところだろうか。20cmを超えようかというものもしばしばあった。冊数から受ける印象よりも、紙数は格段に多い。 また、保管している間にもカビの侵食が進んでいたこと、一刻も早い利用の再開が望まれる「生きた文書」であったことなどの理由で、速度が求められた。 そこで用いられた手法が、「真空凍結乾燥」という手法である (原理については、右記を参照)。 真空凍結乾燥が、水損文書の修復に有効なことはよく知られている。大量の文書を一度に乾燥することができ、資料へ与えるダメージも小さい。今回の災害に関連して報道で取り上げられる機会も多かったので、ご存じの方も多いだろう。 しかし、真空凍結乾燥機に放り込めば、それで修復が完了するわけではない。機械にかける前後に、人手による作業が必要になる。 真 空 凍 結 乾 燥 に つ い て ドライアイスは固体からいきなり気体に変化するが、気圧を下げれば水でも同様の現象が起こる。富士山の山頂では約88度で水が沸騰するが、気圧がもっと低ければ…たとえば気圧が1ヘクトパスカルなら、水は-20度 (氷の状態) でも直接気体に変化する。この原理を応用したのが真空凍結乾燥。次のような方法で乾燥を行う。1. 水を含んだ物体を-40度程度で凍らせる 2. 真空にして気圧を下げる 3. 氷はいきなり気体になる → 物体から水分が抜ける ※ これはごく大まかな原理で、実際には、気体になった水分を別所に集めたり、加熱して乾燥を促進したりと、さまざまな処理が伴う。参考: 株式会社 宝エーテーエム、「凍結乾燥の原理」 [真空凍結乾燥を行う前の準備]使用する真空凍結乾燥機によってはサイズの制限がある。そのため、厚くて機械に入らないような簿冊には分冊作業を行う必要がある。泥は基本的に乾燥後に落とすが、汚れが激しい場合は、他の文書に汚染が移らないように表面の洗浄も行う。また、分冊によって混乱や逸失が生じないようにするための管理も重要である。 このように多様な作業が混在するため、次の図のような流れで一連の作業が行われた。
各作業の詳細については、後述する。 [真空凍結乾燥後の作業]上記の工程を完了後、真空凍結乾燥機のある工場へ文書が送られる。乾燥が済んで戻ってきた文書には、乾いた泥がまだ残っているため、泥を落とす必要がある。 具体的に行う作業は、表紙の泥落とし、簿冊の開披 (ページを開いて風を入れること)、簿冊内部の泥落とし、剥落したラベル/シール類の貼り直し、見返しの補修、合本 (分冊されている場合) など。
作業自体は書物修復でよく行うドライ・クリーニングの延長線上にある。だが、今回は「大量」、「迅速」という要件のため、平時に行う修復よりもずいぶん荒っぽく感じられる作業になった。詳細については、後述する。 これらの工程をすべて終えたら、コンテナに詰め直し、輸送業者を介して現地に返却。作業完了となる。 次の項からは上記作業の詳細について記す。 |
←前のレポート | | | 次のレポート→ |
このページの先頭へ ▲ |
Copyright(C) 2004
書物の歴史と保存修復に関する研究会.All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 当ホームページに掲載の文章・画像・写真等すべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。 |