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レポート

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 レポート27
 ■フランス紙漉き体験記(4)    (2008年9月8日〜12日) NPO法人書物研究会 代表理事 板倉正子
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 2日間の紙漉き実習が終った。5名の参加者の漉いた紙は、二階の風通しの良い部屋で吊り下げられ、乾燥を待つばかりになった。 中日の水曜日は近くの観光スポットへ遠足に行く。海外のワークショップではたいてい、遠足やパーティーのご褒美がついてくるところ、日本とは大いに違うところである。遠足については写真のみにしてそのお話は別の機会にすることにしよう。



                                水曜日の昼食
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製本講座

さて、後半2日間は、私たち修復家にとって神様のような存在である、クリストファー・クラークソン先生の講座である。私以外の参加者は、デボラ先生もその他の人もみんな、先生を「クリス」と、いとも気安く呼ぶのであるが、私だけは恐れ多くて「クリス」とは呼べなかった。


製本室、手前、左は手回しの断裁機

 今回の講座の内容は、手漉きの厚紙を表紙に使った15世紀から18世紀あたりの製本技法である。綴じは、「ロングステッチ」と呼ばれるタイプや、18世紀の一般的な「シングルコード」などであるが、表紙に革を使わず、厚紙を使っているところが特徴的である。
 先生はまずいくつかのスライドを見せて、製本技法についての簡単な説明をしてくださった。その後、いくつかの実物を見せてくださった。 それぞれ、一冊ずつ一番興味の引かれる現物を選び、製本方法について観察する。私は1584年にベネチアで印刷されたロングステッチの小さな一冊を選んだ。

                                                
                                                 

                                                 ロングステッチ綴じ
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report27_04  小型の本を選んだ理由は、サンプルを作るのにあまり時間がかからないだろうという姑息な考えもあったが、何よりもこの文庫本よりサイズの小さな本がとても愛らしかったからだ。フランス人のマリーと私は隣あわせの席で、同じ本を一緒に観察することになった。
 まず、綴じのスタートがはじめの折丁からなのか、終わりの折丁からなのか? 次の折丁へ立ち上がる部分は結び目があるのか、ないのか? といった点を注意深く、とにかくじっくりと現物を見る。ある程度の考えがまとまると、気がついた点を先生に報告する。
 クリス先生は、「そうだ」とも「違う」ともおっしゃらず、「もっと注意深く観察しなさい」といわれるだけだ。小型の本は綴じ糸も細く、結び目がどっちを向いているのか、老眼の目にはなかなか良くわからない。

2本針ロングステッチ

 マリーと二人であれこれやっていると、アイルランドのマシューがやって来て、「その製本はツーニードル(two needle)だよ」という。[two needle]とは一本の糸の両端に針をつけて綴じる方法である。
「ということは最初の穴に通した糸のちょうど真ん中から綴じをスタートするってこと?」と私が尋ねると、マシューは「そうだよ」と自信満々な様子。
「考えられなくもないけど、two needle の綴じを採用する必要性がわからないわね」と私がマリーに小声で言うと、彼女も「そうね」と同意見である。とりあえず私たちはマシューの意見を無視して、自分たちの考えで分析を進めた。
マシューの英語はとても早口で、その上表現が込み入っているので、たわいのない話でも私たちには非常に厳しいヒアリングテストのようなものだ。これ以上彼と、[two needle long stitch]について論議するには時間が許さない。

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                    マシュー(左)とセバスチアン(右)
 マリーと私は端切れの紙で小さなモデルを作りながら綴じについて意見を交し合ったが、はっきりとした結論に至らないまま、木曜日は終わってしまった。
講座の前半で製本のクラスを先に受けた人たちは、確か、「2日間で3冊のサンプルを作った」といっていたのに、この調子では1冊のサンプルも作れないのではないか?翌日、マリーの顔を見るとやはり私と同じくらい落ち込んでいる様子だった。私たちは朝のカフェオーレもそこそこに再度気持ちを振り絞って、1584年の教材に向かった。そしてお昼前、ついに、綴じについて確信の持てる結論を得た。
 私とマリーはクリス先生の所へ行って私たちの結論について説明した。クリス先生は、はじめて「イエス」とおっしゃって、「さあ、プールへ飛び込む用意ができたね」とおっしゃった。
二人は遅れを取り戻すべく、急いで実物サンプルの作成に取り掛かった。マリーはうれしさのあまり、思わず鼻歌を歌いながら、糸の運びを進めていた。

綴葉装の綴じ方

 クリス先生は綴葉装の綴じ方についても非常によく研究されていて、講座では、詳しくデモンストレーションをしてくださった。「綴葉装」は日本独自の綴じ方、といわれてきた製本スタイルで、いわゆるtow- needleの一種である。近年、敦煌文書の中にこの綴じ方と同じスタイルのものが発見されたこともあって、今までの定説に疑問を唱える説もある、興味深い製本スタイルである。
 私の個人的意見としては、4世紀あたりのエチオピアの製本に綴じが類似しているので、キリスト教の伝播とともに中国に伝わり、その後日本に伝わった(東伝説)と考えているが、もう少し確実な物証を得なければ断定はできない。クリス先生はその件についてはなにも意見を述べられなかった。おそらく先生の関心事は、製本形態の変遷や伝播についてではなく、製本形態の構造と機能そのものにあるのだろう、と思われた。

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                             実演をするクリス先生

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完成サンプルは2種類


 結局サンプルは1冊しかできなかった。
マリーは綴葉装のサンプルも作った。「マサコは綴葉装は既に知っているからサンプルがなくでも大丈夫よね」と慰めてくれた。
1週間の講座は紙と製本と両方をするには短か過ぎ、皆で作品を見せ合ったり、意見を交換したりする時間が取れなかったのはとても残念だった。
帰りのタクシーの窓から、きれいな虹が見えた。



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